さばぺんタイムス

音楽と、本のレビューを中心に、その他もろもろを取り扱いたいです。

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表現の不自由展とシャルリ・エブドとワンピースから「自由」について考える。

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toyokeizai.net

 

あいちトリエンナーレの問題とシャルリ・エブドの一件って同じ文脈で語れると思うんですね。

 

人が心の底から愛しているものを踏みにじったとして、その行為を「表現の自由」という言葉で守ることが適切かどうか?ということに尽きるんじゃないかなーって。

 

それが慰安婦像だろうが、昭和天皇を燃やそうが、ムハンマドを描こうが、本質は同じところにあると思う。

 

私自身は適切、というか何しようが構わないと思うんですよ。ただし、それに対する批判とか、起こり得る行動とか、そういったものを甘受する覚悟があるならば。「自由」ってそういうもんじゃない?

https://twitter.com/Shin_kurose/status/1157441422552731648?s=20https://twitter.com/Shin_kurose/status/1157441422552731648?s=20

https://twitter.com/Shin_kurose/status/11

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ところで、「自由」が反権力的になるのは当たり前な話で、それはワンピース見てたら分かるじゃん。ルフィは自分の思い通りにならないと、その原因をぶっつぶそうとする。たとえ海軍相手でも。

 

世界で一番自由な海賊王になるためには、自分の自由を邪魔する権力=世界政府はやっつけなくちゃいけない。そのためには、武力が必要なんだよ。戦う力のない人たちは、白ひげとかに自由を保証してもらわなきゃ、他の海賊にやっつけられちゃうわけ。

 

battle-one.com

 

「自由」の本質をちゃんと理解しなければいけない。我々がふだん「自由」だと感じているものは、武力(暴力とも言う)に守られたかりそめのものにすぎないってことで、だから力の持ち主が「だめ」っていったら、だめなんですよ。

 

ちなみにこの武力の持ち主は誰か、というと、だいたいの国は、そこに住んでいる国民全員です。主権在民という考え方ですね。日本だったら、この武力を1億2000万人が分割して所有しているワケ。これが王国なんかだと、王様一人だけが持ち主だ、ということになりますね。

 

www.chunichi.co.jp

bijutsutecho.com

 

だから、もしこの件を問題として取り上げるなら、この展示コーナーが税金で作られましたよってとこなんじゃないかな。シャルリ・エブドの一件との違いはそこで、税金でこれをやる、つまり「県民の総意」としてこれが行われることがアリなのかナシなのか、ということ。

 

名古屋市長が撤去を要請したことだって別におかしくもなんともない。金を出した張本人(たちの代表)が「ごめんやっぱ辞めて」と言ったって別にいいよね。ただし理由が大事で、これが「反日的だから」とかになると思想の取り締まり、つまり検閲だ、と言われて面倒なことになっちゃうので、「県民の総意にそぐわない」とでもするべき。金の出処は県民なんでしょ?

 

とここまで書いて、税金出てるよっていう根拠がウィキペディアしかないので、もしなんかあったら教えてください。

 

 

aichitriennale.jp

 

正直、津田さんが「検閲」だとか言い出すのは、公の力を借りてやってるくせに何言ってんの?って思う。ゴチャゴチャになってるんだよ。金主がダメっていったらダメなんだって話で、そこに自由もへったくれもないでしょ。もし自由がどうのこうの言いたいんだったら、国の力なんて借りるべきじゃないんだって。そこを片付けて、はじめて「自由」とか「検閲」の話になるんじゃないの?

 

まあ、矢面に立たされているみたいでかわいそうだけど。

 

 

ちなみに砂漠のペンギン視点では、#あいちトリエンナーレを支持します も気持ち悪いし、ここぞとばかりに薄っぺらい理屈と思想でぶん殴りまくる「普通の日本人」たちも気持ち悪い。まあ、思想ってそういうものだって分かっちゃいるんだけど、どうも好きになれないんですよねー。

 

 

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以上でーす。

ァディオ───(`・ω・´)ノ───ス