さばぺんタイムス

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歌われる「現在地」は、是か非か。サカナクション「834.194」感想 その3

第3弾まで来てしまいました。サカナクション「834.194」感想、ラストです!!

 

感想パート1(忘れられないの~モス)は

へ、

感想パート2(聴きたかったダンスミュージック~茶柱)は

へ、どうぞ。

 

 

もくじ。

 

 

歌われる「現在地」は、是か、非か

15曲目「ワンダーランド」

アルバムの中では、最も「ダンスミュージック」的要素が無い曲かもしれません。というか、電子音がほとんどないんですよね。

 

冒頭から続く、一番低い音(キック)で取られるリズムは、なんとなくはじまりを予感させるようです。

 

この曲の中で登場する「ワンダーランド」。わたしは、これは「=東京」じゃないのかな、、、と感じたりもします。

 

 

16曲目「さよならはエモーション」

いよいよ再終盤。

この曲自体は、5年前にすでにシングルリリースされたものですが、このアルバムのこの位置に置かれることで、また強い役割を与えられているように見えます。

 

曲調は、以前のサカナクションというか、個人的には「DocumentaLy」のころに近いものを感じます。5年前の曲ですから、当たり前っちゃ当たり前かもしれないですけど、そのことすら「狙ってる」感がありますよね。

 

「目が明く藍色」から、変化した「捨てること」の意味

 冒頭、歌われるのは

レシートは レシートは捨てた

という一文。

 

かつて一郎さんは、「kikUUuiki」の「目が明く藍色」という曲で、 

制服のほつれた糸 引きちぎっては泣いた

から

制服はもう捨てた 僕は行く 行くんだ

という一連の歌詞を作り上げています。

 

この時期は、Aメロで登場させたモチーフ「制服」を捨てるまで一曲分かかってますけど、今回はずいぶん早いうちに「レシート」を捨てちゃいましたね。

  

ただ、「目が明く藍色」は、曲調的にも「捨てる」ことにポジティブな印象を感じますが、「さよならはエモーション」では、冒頭で「レシート」を捨てたのち

さよならはエモーション 僕は行く ずっと涙こらえ

さよなら 僕は夜を乗りこなす ずっと涙こらえ

という具合に、ずっと涙をこらえてますから、どことなくネガティブな印象。

 

レシートを「捨てた」のも、もう決めたことなんだ、というか、泣く泣く捨てているような感じがします。

 

「涙」、哀しみのシンボルは繰り返しこの曲に登場します。「夜」という言葉もサカナクションの楽曲にはたくさん登場しますが、今回はそれを「乗りこなす」と宣言しています。

 

今までとの訣別。想うこともたくさんあるけれど、別れを告げようと、そうしようとしている一郎さんの姿がなんとなく見えてきます。

 

どうしてもネガティブな「さよなら」を、ポジティブにしてしまおう!という、でも、曲調は全然そんなことないっすよね、という感じ。

 

 

「グッドバイ」→「さよならはエモーション」→「忘れられないの」という時系列。

この曲、ものすごくもがいたんだろうなあと思うんですよね。一回「目が明く藍色」で何かしらに別れを告げているはずなのに、もう一度「さよなら」を歌うっていうことは、相当な迷いだと思うんです。

 

どこからのさよなら?それは、「グッドバイ」で歌われる「ここ」なんでしょう。「不確かな未来」に進むことの不安に対する、相当な迷い...。

 

そっちに進むしかないんだよ、そうするしかないんだよ、と言い聞かせているよう。

 

でも、「僕には見ることができないありふれた幸せ、いくつあるだろう」と思うんですよねえ。歌っちゃうんですよねえ。

 

と、ここまで書いて気付きました。

 

「グッドバイ」も、「さよならはエモーション」も、5年前の曲なんですよね。

 

ここに来て悩んでるようで、この葛藤は実はすでに通った道だった。

 

そして見返してみたら、気付いた。

 

今作られた曲。

 

「忘れられないの」。。。

 

そっか。

 

「忘れられないの」で歌われているのは、正に一郎さんの「現在地」なんだ。

 

 なんだか、一本の線がくっきり見えたようです。「忘れられないの」の歌詞、ほんとうにストレートだったんですね。

 

曲調とか雰囲気にばっかり目が向いていましたが、ここまでずっと悩んできた一郎さんなりの、アンサーの唄なのかなあ。

 

さんざん悩んだけど、ここまでの過去は結局「忘れられないの」。なんだけど、でも、現在地は「素晴らしい日々」なんですね~。

 

 

17曲目「834.194」

歌詞のない、インストゥルメンタル曲。

ここで、「834.194」の意味が直接語られるわけでもありません。

きっと、「東京」「札幌」に関する何かなんじゃないかな。距離?というものがパッと浮かびますが、明示はされません。そのあたりは、ひょっとしたら今後見えてくるのかな。インタビューなんかでは既に語られているのかもしれません。

 

 

18曲目「セプテンバー -札幌version-」

そして、最後の曲。セプテンバー。全体の最後を「札幌バージョン」で飾るのがなんとも憎い演出ですよね。 

僕たちはいつか墓となり 土に戻るだろう

何も語らずに済むならばいいだろう まあそれもいいさ

僕たちはいつか墓になる 苔にもなるだろう

ここで生きる意味 探し求め歩くだろう それもまあいいさ

この曲は、サカナクションの前身・ダッチマン時代の曲だけど、一郎さんが今出した結論は、このフレーズの通りなんでしょうね。 

 

 

アルバムを聴き終えて

こうやって聴き解いていくと、すごくポジティブなものをこのアルバムには感じました。

 

やってること自体は、「サカナクションは今こんな感じですよ」という、紹介。 

 

でも、紹介された2019年のサカナクションは、今までのどのアルバムとも違う、肯定的なものだったのではないでしょうか。

 

「東京で生きることの意味」というのが、サカナクションのテーマだったと思うんです。

 

「シンシロ」とか「アルクアラウンド」は、まさにそのテーマ設定の曲であり、「おっしゃー見つけてやるぜ!!」という決意表明だったのだと思います。

 

そして、それをずっと探し求めて、歩いてきた10年間。

 

DocumentaLy」のころは、すごく後ろ向きというか、内向的というか、曲のタイトルを借りれば、正に「モノクロトウキョー」状態だったんだと思う。

 

そうやって紆余曲折を繰り返して、「東京で生きること」のひとつの結論が、このアルバムで見つかったのかな。

 

それが、「忘れられないの」で歌われているように、感じます。

 

そして、アルバムの最後にもってきたのは、このフレーズ。

 

「まあそれもいいさ」。

 

札幌から、地続きで来たサカナクションの「現在地」。

 

それを歌う一郎さんの想いを、感じ取ることができました!

 

、、、と勝手に思っていますが!笑

 

ポジティブで、とても心に刺さる、よいアルバムでした。

 

いやー、ライブ見に行きたいな。。。

 

 

 

と、いうことで、感想以上になります!!是非聴いてみてくださいね~。