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ネット利用は免許制にすべきだ。【木村花さんの事件】


news.yahoo.co.jp

 

 

木村花さん事件が、このご時世に起こったのは象徴的だと思った。

 

「そもそもヒールをやるべきではなかった」とは思うんだけど、それはそれとして、

 

 

もういよいよ、ネットの利用は免許制にでもすべきなんじゃないかと思うのですよ。

 

 

コロナ以後のクソみたいな治安の悪さを見てて、つくづくそう思う。

 

 

もちのろん、ネットを規制したところで誹謗中傷がなくなるわけではない。

 

手紙でも、面と向かってでも、悪口は言えるからね。

 

それこそプロレス界のヒールの人たちは、はるか昔から「真に受ける人たち」と闘ってきている。

 

そもそも、ゴシップ、噂話っていうのはある種人間の本能で、なんなら文化的な成長を促したものでもある。無くなりようがない。

 

だから、「誹謗中傷を無くすためにネットを規制すべきだ」というのは、本質を見誤った野暮極まりない主張だろう。

 

誹謗中傷は、起こりうる。

 

www.amazon.co.jp

 

 

ただ、ネット上だと、他人の言葉なり価値観を、とても簡単に借用できる。

 

僕が気にかけている問題の1つはそこ。

 

 

他人の言葉にフリーライドして、知らない誰かを簡単に傷つけることができてしまう。

 

それって、すごく恐ろしいことだろう。

 

 

例えば、脅迫の手紙を書いて匿名で送りつけるとする。

 

この時、手紙の存在を知っているのは送り手側と受け手側しかいない。

 

クローズドな環境でのやりとりでしかない。

 

上手に収めれば、そこから広がることは起こり得ない。

 

しかし、これを、例えばTwitter上でやるとどうなるかというと、

 

 

これと、一連のリプライ(1000件以上!!)のようなことになる。もはや収拾はつかない。*1

 

 

 

他人に悪意をぶつけることのハードルが極端に下がっているような気がしてならない。

 

本来、自分の感情を相手にぶつけるということには、それなりのリスクがあるはず。

 

「何かをぶつける」ということは、「何かをぶつけられるかもしれない」ということである。

 

ネットカルチャーは、そのリスクを、質的にも、量的にも、相当にぼかしてしまう。

 

 

 

果たしてこの「ぼかし」の存在を、どれくらいの人が認識できているのだろうか。

 

とくに、子どもたち。ネット利用を免許制にすべきと考えるもう1つの理由はそこにある。

 

これは極めて当たり前の話だけど、子どもは、稚拙なのだから。

 

 

ja.wikipedia.org

 

 

ポスト・トゥルース」という言葉が陽の目を浴びるようになって、もう4年近くが経つ。

 

もうそろそろ、真剣に考える時期なのではないかな。

 

ぼかされた感情表出のリスクを、再びクリアにすることはとても難しい。

 

ならばせめて、擬似的な形でも、リスクを用意すべきだ。

*1:ところで、Twitterだけでなく、マスメディアも同じではないか?という意見があるかもしれない。そうではないと思う。マスメディアは双方向性が薄い。それに、「トレンド」も見れないし、「エゴサーチ」もできない。これは欠点でもあるが、かといって極端に双方向性を指向すると別の問題が生まれることが、SNS隆盛で明らかになっている。伊藤詩織さん問題については、気が向いたらそのうち別に書く。